3.11の大地震と津波で発生した福島第一原発(1F)の事故を終息させ廃炉を実現するには、今後長期間にわたって多くの廃炉用ロボットを開発し、現場に投入し続けることが必要です。この廃炉作業では多種多様な作業を遠隔操作型のロボットで実施することが絶対的に必要であり、廃炉に関わる作業者を被ばくから守るという人道的な観点からも、必ず人に代わってロボットが作業を遂行しなければなりません。つまりここは、ロボット開発者にとっては、世界中の誰も思いつかなかったような廃炉用ロボットを発想し開発する創造性と技術力を遺憾なく発揮し、活躍できる場であるとも言えます。白山工業(株)が東京電力のグループ会社であるため、HERO研はこの問題を主体的に取り込める立場にあり、この1F用廃炉ロボット開発を最も重要な開発項目としています。ただそれだけに拘らず、東京電力が抱えるインフラの点検・補修維持などを行うロボットや、それ以外にも社会に役立つ装置の開発を、研究員の自由な発想で進めていきます。創造的ロボット開発で社会に貢献したい人は是非コンタクトください。
所長がこれまで手掛けてきた研究開発分野をご紹介します。
生き物であるヘビ(シマヘビ)を対象とし、その推進力学を数理解析と動物実験によって究明した研究は、同氏が1971年東工大修士課程入学した時から始まり1976年の博士論文にその成果をまとめている。このような実際のヘビを対象とした生物力学的なヘビ型ロボットの研究は世界的にも前例のない先駆的な研究であり、世界の生物力学的研究の規範となっている。そしてこれに匹敵する研究は半世紀たった今でも世界的にも行われておらず、その研究成果は未だにまったく色褪せていない。
同氏は1972年に世界で初めて実際のヘビと同じ原理でほふく推進するヘビ型ロボットの開発に成功して以降、狭隘環境の探査用に発展させた節体幹型移動ロボット、レスキュー用として発展させたロボット、体幹に触覚系を取り付けてその触覚信号の処理系として側抑制型運動制御系導入したロボット、3次元的な運動性能を有し水陸両用の運動性能を有するロボット、などと広範な発展研究を展開し世界のヘビ型ロボット開発研究を牽引してきた。当時、同氏が最初のヘビ型ロボットの制御の際に名付けたヘビの体形曲線であるサーペノイド曲線は、今ではヘビ型ロボットの基本曲線として世界中の研究者が使用するようになっている。
また、同氏の博士論文とその後のヘビ型ロボットの研究をまとめた著書である「生物機械工学」(工業調査会)とその英訳版である“Biologically Inspired Robots (Snake-like Locomotor and Manipulator)”(Oxford University Press)はヘビ型ロボット研究のバイブルとなっており、それぞれ以下の賞を受賞している。
ヘビのような細長く自在に屈曲可能なヘビ型アームに関しての研究も同氏は体系的な研究を行っており、考えられるほぼすべての形態のアーム形状を試作し、その一部は実用化されている。そのうちの一つである、少ない数の駆動系で多数の関節からなるヘビ型ロボットグリッパの「ソフトグリッパ」は、任意形状のものを柔らかく把持することを実現したものであるが、これはその後世界的に行われるようになった劣駆動アームに関する研究の先駆的研究と看做されている。そのほかにも、コイルスプリングの関節を複数のチューブワイヤで駆動する多関節アームの研究や、形状記憶合金を駆動系とする能動内視鏡の研究、根元から各関節をワイヤで駆動し、そのワイヤ張力を根本側関節に積極的に働かせる「干渉駆動」を利用することで関節の負荷荷重を上げるCT-Armの研究、平行4節リンクを積み上げる機構と、特殊なワイヤの張り方によって自重を機構的に補償することで多関節アームを実現するFloat Armの研究などを行っている。
これらのうち、Float Armの研究は、日産自動車との共同開発で多関節型バランサーとして実用化され、同社の製造コスト低減、品質の向上、エルゴノミクス性向上に貢献し、その業績で第1回カルロスゴーン賞を受賞している。また、これはその後CKD社にもライセンス提供され、同社でパワフルアームという名称で商品化されている。さらに、このアームは (株)ハイボットにおいてプラントの点検用多関節ロボットアームとして改良が重ねられ、現在同社の主力商品として販売されている。
ここで①の受賞は、昭和53年に印刷されたヘビ型ロボットグリッパに関する論文であるが、平成29年になって、これが学術誌Mechanism and Machine Theoryの創刊以降最も引用された10の論文の一つとして表彰されたものである。
また②の受賞は、昭和63年に印刷された形状記憶合金を用いたヘビ型能動内視鏡に関する論文に関してのものであるが、これも平成31年に開催された世界最大の学会であるIEEE(米国電気電子学会)主催のICRA(International Conference on Robotic and Automation)というロボット工学における中核的国際会議において、1988年以降のもっとも影響力の大きかった論文として受賞したものである。
同氏はヘビとヘビ型ロボットの開発研究の後には並行して、4足歩行ロボットの研究開発を開始し、エネルギ効率の良い脚の設計法であるGDA(Gravitational Decoupled Actuation)と呼ぶ設計原理を考案している。1981年にはアメリカ国防総省の新技術研究機関であるDARPAが行っていた6足歩行ロボットAdaptive suspension Vehicleの開発プロジェクトに参加するため2か月間オハイオ州立大学に招待され、同氏が提案したGDAの原理に基づく脚機構が実際に同ロボットに採用されている。なお、そのころの世界の多足歩行ロボットの動向は6足歩行ロボットに向いていたが、同氏は一貫して4足歩行ロボットの優位性を主張しており、以降の研究は4足歩行ロボットに収斂している。
その後、4足歩行ロボットの研究は、法面での土木作業を行う動く足場的な機能を発揮する全重量15トンのTITAN11号機の開発に発展した。残念ながらこの装置は、経済的な理由でまだ実用的には活用されていないが、いまだ工業的応用が実現していない多足歩行ロボットの実社会への実装の仕方を示す研究となっている。
また、1990年代には、4足歩行ロボットの歩き方(歩容)制御への研究需要が高まっていたにもかかわらず、実験に適した歩行ロボットが存在しなかった。このことが日本の歩行ロボット研究の進展を阻害していると考え、同氏は研究用プラットフォームとしての普及型4足歩行ロボットも開発し、協力企業(岡崎産業)に廉価で販売させている。このロボットはその後、日本中の研究室で導入されるようになった。
同氏が4足歩行ロボットの制御法に関して行った研究は、以下に紹介する①の論文にまとめられているが、これは、日本ロボット学会が創設以来の論文の中で最高の論文として第1回論文賞を授与している。また、平坦地では、歩行だけでなく車輪走行が出来る方が望ましいため、足裏を垂直に立てるとローラスケートのローラになるというローラーウォーカの研究や、歩行とクローラ移動も切り替えられる移動ロボットなども開発している。
同氏は、人間が作業できないような危険な場所での作業負担軽減に貢献することが重要であると考え、紛争地の市民を助けることを目的とした人道的なロボット開発をしている。1996年に日本では初めての地雷探知除去ロボットの研究を日本ロボット学会に発表し、アフガニスタンの復興支援のため科学技術振興機構(JST)が2002年に始めた「人道的見地からの対人地雷の探知・除去活動を支援するセンシング技術,アクセス・制御技術の研究開発」に参加し、カンボジア、クロアチア、アフガニスタンなどを視察し、Gryphonと呼ばれる実用的な地雷探知ロボットを開発している。技術的には、現場で最も信頼され活用されている金属探知機を利用して、探知能力を高めた新しい探知技術を開発しており、これについては以下の学会賞を受賞している。
また、この地雷探知ロボットの開発物語については、高校2年生の英語教科書CROWN(三省堂)にて「Before Another 20 Minutes Goes By」のタイトルで学習教材としても活用されている。なお、Gryphonはクロアチアで行った実験によって、地雷探知作業を行う人よりも正確に地雷探知が出来るという実験結果を得ている。
この研究は、共同研究者の福島エドワルド文彦東京工科大学教授が引き続き開発を進めており、2019年にはアフリカ・アンゴラの地雷探知除去作業で試験的に探知作業に活用されている。
同氏はヘビ型、そして多足歩行型のロボット開発を始めた後、より実用的な移動ロボットの形態を追求する過程で、車輪やローラなどの無限回転を行う装置による移動方式の検討を始めている。
そのうちの一つは、地形に適応できるクローラ走行車両であり、それに関しては以下に紹介する①⑤⑦の学術賞を受賞している。また、この研究ではトピー工業と新型の軽量クローラベルトとそれを用いたクローラ車両を開発したが、これはその後同社で商品化され、一部は福島第一の内部調査にも利用されている。他には、VUTONあるいはVmaxと呼ばれる「全方向移動車両」の開発にも発展させている。これについては、以下に紹介する②の受賞をしている。さらに、この全方向車両によって地震を体感できる「地震ザブトン」を白山工業(株)と開発している。これに関しては、次のChapter 06に詳述する。
また、惑星探査を行う無限回転車輪を用いた惑星探査ローバーの開発も行い、以下に紹介する③④⑥の受賞をしている。
同氏は無限回転型ロボットVUTONの原理を生かし、任意の地震動を体験できる全方向車両「地震ザブトン」を白山工業と共同で開発している。
これまでの地震体験と言えば、大掛かりな起震車を用意しなければならず、雨天時の運用が困難であることや可動幅の制限があるため横に大きく揺さぶるような地震を体験することができないなどの課題があったが、地震ザブトンの開発により、天候に左右されない室内で、実際の地震と同じような振幅の大きい横揺れを忠実に再現することができるようになった。地震発生時の様子をスクリーンやVRで同時に体験することができ、揺れと被害の関係性を学ぶことができるとして、地域での防災啓発活動に活かされている。これまでに3万人以上が体験し、新たな防災啓発ツールとしてテレビの報道番組などで多く取り上げられている。
新たなロボット開発は、既存の要素の組み合わせだけでは実現できない。そのため、同氏は数々の新しい機械要素やセンサを課題や目的に合わせて新開発している。
それらは、新たなステレオビジョン用視覚センサ(以下に紹介する①の注目発明)、壁面移動ロボットのための磁気吸着ユニット(以下に紹介する②の注目発明)、光学式の6軸力センサ(2009年にミネベア社により商品化)、負荷に感応して等価的にピッチを変えられるネジ機構(以下に紹介する③④の受賞)、人命救助に使う事の出来る自動車用ジャッキ(以下に紹介する⑤の受賞)、レスキュー用の空圧で瓦礫内に伸展するアーム(以下に紹介する⑥の受賞)、回転型負荷感応無段変速機(以下に紹介する⑦の受賞)、人命救助用のいくつかのロボット機器(以下に紹介するの⑧の受賞)、円盤状の物体を効率よくハンドリングできる把持機構(以下に紹介する⑨の受賞)、ビルの窓拭き用ロボットのための移動機構(以下に紹介する⑩の受賞)、水中移動用ロボットの推進機構(以下に紹介する⑪の受賞)などがある。
同氏は、東工大時代に総計150台にのぼるロボット開発を行ったが、その過程でロボット設計のいくつかの基本原理の提案を行っている。ロボットの設計論に関しては、これまでにもあったが、いずれも抽象的で実際の設計に役立つものではなかった。同氏の設計原理は、実際の設計過程で編み出したもので著しく実用性が高く、現在も諸学会の講演会でその原理が紹介されている。それらの代表的なものは、負エネルギ消費防止の原理、連結差動機構、そして干渉駆動の原理などである。以下にその内容を述べる。
同氏は、東工大時代に機械物理学科(現:機械宇宙学科)の設計製図の学部3年生の講義を担当したが、それまでの既存の機器をただ設計してみるだけでは本来の設計にはならないとして、創造性を養うための「機械創造」という講義を立ち上げた。
その内容は、学生たちに大道芸をする計算機制御ロボットを制作させるものであり、観客(同学科の2年生)を相手に作り上げた計算機制御のロボットに芸をさせ、観客を喜ばせた度合いで成績を決めるというものであった。これはその後、1997年の日本機械学会の100周年記念に同氏が委員長として創設したロボット競技会である「ロボットグランプリ」の中の主要競技としても採用され、現在では全国規模で開催されるようになっている。
そして、当時このようなモノ作り教育を実施するには東工大内に十分なスペースと機器が無かったため、同氏は学科の協力を仰いで募金活動を実施し、約1億円の資金を集めて「創造工房」という教育スペースを創設している。この施設は、東工大機械系の共有施設として現在でも大いに活用されている。
また同氏は、エンジアリングセンスを磨くには大学に入ってからの教育では遅すぎると考え、一般大衆向けに「先端ロボット世界」という講演とロボットのデモ大会を毎年実施している。また(社)発明協会の少年少女チャレンジコンテストの委員長として全国の発明クラブを巻き込んだ創造性育成教育にも尽力している。
日本ではこれまで、人間型ロボット(ヒューマノイド)の研究がマスコミ等から注目されているが、同氏が研究するロボットはそのようなSF的なロボットではない。同氏はSF的な未来予測における誤解や、アシモフのロボット3原則に代表される擬人的なロボット倫理学の問題点を指摘し、ロボットの本質的な特性を生かして人々の生活に真に役に立つロボット開発の指針とロボット倫理の構成法に関して提言し続けている。これらの活動に関しては以下の2つの論説に学会から賞を受けている。
極限環境ロボット研究所
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